
プロフィール:某酒類メーカーに勤務するかたわら、ママ達の日々の暮らしを見つめる勤労作家。年齢不詳。いくつになっても、竜也の前では乙女です。
観劇レポート
2014.11.01『午後の散歩道』に、ようこそ!
ハロウィーンの仮装で浮かれていた子ども達も、11月になれば晩秋モード。
この散歩道にも、木枯らしが吹く季節の到来だ。
嘘でしょう? 今年もあと2か月で終わりなんて。 ああ、こうやって私はどんどんトシを取ってゆくのね…。 イヤ まぁそう嘆かずに。 11月は文化の月。 冬になるちょっと前の、街の空気を吸いに出かけましょう♪
ということで、今回は芸術の秋にちなみ 観劇のお話。
趣味はなに? と人から聞かれた時、私は迷わず「映画と演劇を観ること」と答える。 するとたいがいの場合、相手は「へー。そうなんだぁ」とうっすら笑顔を浮かべながら身構える。 映画は身近だけど、演劇の世界ってよくわからない。そう思う人が多いに違いない。
私自身も、学生から社会人になりたての頃までは、そんなふうに思っていたけれど、長い独身勤労生活の間に、いつの間にか 演劇の面白さを知るようになっていった。
私が初めて舞台を「面白い!」と思ったのは、劇団四季のミュージカル『キャッツ』。 2012年まで横浜・みなとみらいにもキャッツシアターがあったから、この舞台はずいぶんたくさんの人が観に行ったと思う。 しかし私が観たのは それよりもっとはるか昔、キャッツの初演舞台で、市村正親がまだ四季の劇団員だった頃である。
都会のゴミ捨て場を舞台に、いろんなキャラの猫が所狭しと歌い踊る楽しいステージ。 やんちゃな猫が観客席に飛び込んでお客をイジる演出に大笑いするうち、ラストを飾る曲『メモリー』で、娼婦猫の澄んだ美しい声が、会場を包む。 皆に嫌われ、ボロボロの毛皮をまとった娼婦猫グリザベラが、
お願い 私にさわって
私を抱いて 光とともに
と歌い、死を示唆する天上へ上っていくシーンでは、涙と同時に背筋のゾクゾクが止まらなかった。 ライブで観る歌やダンスが、これほど人の心を掴むものなのか。 その時の驚きは、今でも私の胸にくっきりと刻まれている。
以来、私はミュージカルや歌のない演劇(ストレートプレイ)、歌舞伎、落語など、舞台(または高座)の上で行われる公演に足繁く通うようになった。
舞台芸術といっても表現方法は様々で、ジャンルによって楽しみ方は異なる。しかし演じるのは自分と同じ生身の人間であり、その人達が観客の目の前で、ごまかしの効かない真剣勝負を繰り広げる、という点は、すべての舞台の共通項だ。
舞台は生き物のようなもので、観客の反応で演じる側のテンションは違ってくる。 同じ舞台でも、演者のコンディションや場の空気で、思わぬトラブルが起こったりするのもライブならではの楽しさだ。
さあ、ここからは、私が今までに観た舞台周辺の出来事を話そう。 舞台人に対する愛情をこめて、敬称略の実名も バンバン出していこうと思う。
私が目撃したトラブルの中で一番派手だったのは、唐沢寿明のセリフ抜けだ。
2005年上演の『天保十二年のシェイクスピア』は、井上ひさし作・蜷川幸雄演出の舞台で、江戸時代の任侠物語にシェイクスピアの名セリフを織り込んだ、凄みのある悪玉コメディ。劇場は渋谷のシアターコクーン。
主役を演じる唐沢寿明は、顔に火傷跡がある極悪な渡世人で、姦計で人を陥れながら出世を目論む悪役である。この渡世人が、姦計の途中で突如、沈黙してしまった。 それも演出なのか?と観客が固唾を飲んで見守るなか、相手役の勝村政信が
「テメェ、セリフ忘れたな!?」
と叫んだ途端、劇場はざわめきと笑いのルツボと化した。
しかしそれでも唐沢は続きのセリフを思い出せない。 観客の視線は、舞台で凍りつく唐沢一人に集中する。
ダメだ!と思った語り部役の俳優・木場勝己が舞台から消え、再び台本を持って現れる。 彼は唐沢に台本を差し出し、パラパラと凄い勢いでページをめくって、該当の箇所を指差した。
台本を目視した唐沢は、それを横に押しやり ようやく続きのセリフを口にするも、また途切れる。 向き合う勝村が台本を掴んでパコーン!と小気味よく唐沢の頭を叩く。 こうなるともう我々観客は劇どころではない。 「ガンバレ、思い出せ!」と心で念じながら、台本を握りしめる勝村に 自ら頭を差し出す唐沢を見守る、ハラハラ集団となっていた。
その後、休憩時間で体勢を立て直した唐沢寿明は、井上ひさしの名作戯曲を見事に演じきり、幕は下りた。 カーテンコールで「申し訳ございません」と客席に土下座した唐沢に対し、私達はいろんな意味の拍手喝采を送った。
唐沢はそれからも蜷川舞台や映画、TVドラマなどで活躍し、今では日本を代表する俳優の一人に成長したけれど、あの時 客席でかいた冷や汗を、私は今でも懐かしく思い出すのである。
トラブルといえば、舞台上演の直前に 出演者の様々な都合でキャストが突然 変更されることもある。
最近では、三谷幸喜作『おのれナポレオン』上演中、ナポレオン夫人役の天海祐希が急病で降板し、代役の宮沢りえが膨大なセリフと演技を3日で覚えて 無事に大役を務めたことは、皆さんの記憶にも新しいだろう。
この舞台を、私は上演される劇場ではなく、違う劇場のスクリーンで生中継されるライブ・ビューイングで観る予定だったのだが……。その日というのは、運悪く 宮沢りえが突貫でセリフを覚えた3日間のうちの1日だった。
演劇好きの友人のなかには、天海祐希で観た人も、宮沢りえに大拍手を送った人もいて、私は彼女達から話しを聞く度に、どっちでもいいから観たかった!と地団駄を踏んだものである。
同じ三谷幸喜の作品でも、2002年上演の『You Are The Top/今宵の君』は、謎に包まれたカタチで初日直前にキャストが変わってしまった。
鹿賀丈史・市村正親・戸田恵子の3人芝居のはずが、幕を開けると鹿賀の姿はなく、浅野和之という地味めの俳優が演じていた。 鹿賀の突然の降板は急性虫垂炎のためと発表されたが、当時は三谷幸喜との不仲説など、まことしやかな噂を耳にしたものだ。
代役を務めた浅野和之は地味だけど実力派の俳優で、最近では小泉今日子の鎌倉ドラマ『最後から二番目の恋』で、中井貴一の義弟役を演じるなど、活躍の場を広げている。
でもやっぱりあの3人芝居は鹿賀丈史で観たかった。
終演後、劇場のロビーで、友達から「じゃあ、誰が代役なら良かったと思う?」と聞かれ、
「アタシ、佐々木蔵之助が良かったなァ!」と声を上げた途端、
舞台を観に来ていた佐々木蔵之助と目が合った。 というのは嘘偽りのない本当の話。
わ、本人…! と口をあんぐり開けた私に対し、蔵之助は気まずそうに目をそらしたが、その横顔には 満更でもない気配が漂っていた。
またまたぁ〜。と、眉にツバをつけそうになったアナタ、本当なんですってば。 こんな話も、私と同類の、年に何度も劇場に足を運ぶ運劇ファンの方なら、「あるある」とうなづいてくれるはずだ。
劇場は、一般の観客ばかりでなく、テレビでよく見る芸能人も観に来る場所なのである。 芸能人を間近で見たいと思ったら、表参道を歩くより、劇場に行くほうが、ずっと高い確率で願いが叶うと断言しよう。
過去に観た舞台のなかで、もっとも大量に芸能人を目撃したのは、1991年、ベニサンピットで観た『蜘蛛女のキス』だ。 この劇場は今はもうなくなってしまったのだが、隅田川沿いの紅問屋の倉庫を改造した120席ほどの小さな小屋で、地味だけれど上質な作品を上演することで知られた場所だ。
『蜘蛛女のキス』は、南米ブエノスアイレスに投獄された若き革命家と、性犯罪で服役中のゲイの男が、獄中で濃密な人間ドラマを繰り広げる、胸にズシンとくる作品。革命家を まだ若かく美しかった岡本健一、ゲイの男をベテラン俳優の村井国夫が演じていた。
で、この芝居を観に来ていたのが 演出家の野田秀樹と石田ゆり子・ひかり姉妹、そしてブレイク寸前のSMAP全員。 どうよこれ。 120席の空間に、8人の有名人って、かなりのものだと思うでしょう。
カーテンコールでは、岡本と石田姉妹がアイコンタクトで笑顔を交わしていたのが印象的だった。
いくらブレイク前でもSMAPの面々が一般人のなかにいたら、大変な騒ぎになるんじゃないかって? イエイエ、そうならないのが劇場のお洒落なところ。 観客の我々も、まぁチラ見ぐらいはするけれど、彼らをそっとしておくのがエチケットだと心得ているのである。
劇場は演劇を観に行く場であって、握手会の会場じゃない。
あ!あの人!! と思っても口には出さず、同じ舞台の感動を共有した、という密かな喜びを胸に抱え、スッと劇場を後にするのがカッコいい観劇スタイルなのだ。
まぁそうかもしれないけど、SMAPじゃなくて嵐は見た? とおっしゃる方。 見ましたとも、シアターコクーンの客席で松潤を。
最近では、元AKBの前田敦子が出演する舞台に、篠田麻里子が母親を連れて観に来たのにも遭遇した。 マリコ様はすらりと長身で顔がちっちゃく大きな目がキラキラした、とっても麗しいお方。 様、と呼ばれてしまうのも納得の人だった、と付け加えておこう。
と、ここまで書いて、観劇レポートが いつのまにやら芸能人目撃レポートになってしまったことに気がついた。
でもこれも仕方がない。 劇場は舞台だけじゃなく、一歩足を踏み入れた瞬間から、日常と切り離された 夢の空間なのである。
演劇好きの私は、少ない給料をやりくりして年に20数回、劇場に足を運ぶ。
一方、人前に出て芝居をする俳優達は、日々発声や演技のトレーニングを積み、舞台が決まればセリフを覚え、ハードな稽古を重ねて体調を万全に整え、初日を迎える。
先日、蜷川幸雄演出・阿部寛主演の舞台『ジュリアス・シーザー』を観に、彩の国さいたま芸術劇場へ行った。
この時、ブルータスの妻ポーシャ役に起用されていた中川安奈が、体調不良で降板となっていた。 彼女は凛とした美しさを持つ個性派の女優で、日本を代表する演出家・栗山民也の妻。 代役の新人女優は、艶やかに役をこなし、立派に役目を果たしていたが、私は中川の憂いのある演技を楽しみにしていたので、残念に思っていた。
その中川安奈が、10月17日に亡くなってしまった。
舞台の世界には、『Show must go on』という言葉がある。 これは、
『一旦 幕が開いたら、どんなことがあってもショーは続けなければならない』という意味だ。
『ジュリアス・シーザー』は、一人の女優を欠いても、上演を続けている。
私達の人生も、それと同じ。 生まれてしまったからには、死ぬまで生き続けなければならない。 劇場は、そうした人生を短い時間に凝縮し、キラキラとした輝きを添えて、私達観客に提示してくれる場なのである。
ああ、語った語った。 でもまだ全然語り足りない!
演劇の魅力は奥が深くて、とても一度には語り尽くせないのだ。
というわけで、この散歩道の途中には、これからも時々、劇場の入口が現れてしまうことを、お許し願いたい。
※中川安奈さんのご冥福を、心よりお祈りいたします。
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