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【インタビュー2016】玉聖で培った自信と誇りで、「東京2020パラリンピック」出場を目指します!

水上 真衣さん(22)

玉川聖学院中等部・高等部 2013年卒業
同年、昭和女子大学福祉社会学科に入学。現在4年生。

玉聖で培った自信と誇りで、「東京2020パラリンピック」出場を目指します!

弾けるような笑顔と底抜けの明るさが印象的な水上さん。しかし、玉川聖学院中等部・高等部(以下玉聖)に入学した当初は、自分に自信が持てず、引っ込み思案な性格だったと言います。そんな水上さんが、玉聖で出会った先生方や友人と6年間を過ごす中で自信をつけ、現在は日本を代表する障がい者水泳選手の一人として、2020年の東京パラリンピック出場を目指しています。彼女に前向きな心と夢を与えた玉聖の6年間とは、どのようなものだったのでしょうか。
Q. こちらの学校を選んだきっかけを教えてください。
 私は、目黒にある教会附属の幼稚園に通っていたのですが、卒園後もその教会学校に行っていました。そして、そこには玉聖の生徒や卒業生が多く通っていたんです。さらに、当時の牧師先生が玉聖のPTA会長で、「玉聖は優しさに満ち溢れるすばらしい学校。真衣ちゃんには絶対に合うと思う。すてきな6年間が過ごせると思いますよ」と教会推薦をしてくれたのです。信頼していた牧師先生の勧めでしたから、不安はありませんでした。

Q.好きな教科や苦手な勉強はありますか?
 体育が好きです。でも私は、右手と右足が不自由なので、中1のときの体育は水泳以外、何もできなかったのです。中1の時の先生方は、体力テストで50メートルを走らせようか、持久走や球技はどうしようかと悩まれたようなのです。でも、できる限りみんなと同じことをするという方針でやらせてもらったというか、やらされたというか(笑)。バレーボールも片手で良いからとコートに立ち、オーバーハンドパスができないならアンダーハンドパスでやりなさいって言われて。それでずっと片手でやっていたら手が痛くなって凹んだこともありました。でも、もともと体を動かすことは嫌いではなかったし、さまざまな経験を積むうちに、少しずつほかのみんなと同じくらい走れるようになって、競争しても勝てるようにもなったり、バスケットも左手でシュートを決められるようになったり。あきらめかけていたことがどんどんできるようになって、ハンディキャップがあってもトレーニングで克服できるという自信が持てたのは、この学校での6年間で実感したことの一つです。
 勉強は、中学のときには特に数学が苦手で、テストなんて再試験の数を数えられないくらい再試験を受けました(笑)。正直に言うと、私は勉強があまり好きではありませんでしたけど、先生方が優しく、ときには厳しく、根気よく付き添ってくれたことに、本当に感謝しています。そういうことも含めて玉聖では、勉強はもちろんですけど、勉強以外のことも多く学んだと思います。

Q. 一番思い出に残っていることは何ですか?
 部活動のハンドベルです。入学したときからやっていたのですが、中3のときに、学校とは別で取り組んでいた水泳に集中したいので部活をやめたいって言いに行ったら、顧問の先生に、「人生は水泳だけじゃないよ。水泳は自分との闘いで、いつか(現役を)やめざるを得ないときが来る。でも、ハンドベルはみんなと心を合わせながら、一生続けることができるもの。両方大切にしては?」って言ってくださったのです。それで、水泳の練習がある日は部活に参加しなくても良いことにしてもらって、続けることにしました。
 部活で特に印象に残っているのは、高2のときです。引退前の1年なので、学園祭や定期演奏会を目指して、みんなで一緒に力を合わせて練習をしたのは、とてもよい思い出です。最後の定期演奏会は、自分たちの企画をそのまま形にして、存分にやらせてもらえたので、本当に良いものになったと思っています。
私が水泳で抜けているときも、「真衣ちゃんが頑張っているのだから、私たちも頑張ろう」と言ってくれていたみたいで。みんなが、水泳のことも含めて私を認めてくれました。もちろん、ぶつかりあったこともありましたけど、部活の仲間は今も一番仲が良くて、本当になんでも話せる存在です。あの時退部せず、ハンドベル部を続けて、本当に良かったです。
 高2のときに行った韓国の修学旅行も思い出深いです。私は、長時間立っていたり歩き回ったりすることができませんが、私の班には必要なときに私をおんぶとか抱っこをしてくれる係がいて、みんなが本当にいろいろ助けてくれました。友人たちは自然に私に手を貸してくれて、私も感謝しながら抵抗なくそれを受け入れられる。そういう関係は、お互いを認め、愛するという玉聖の教えがあったからだと思います。

Q. 水上さんは、水泳でご活躍ですね。
 小さな頃から地元のスポーツクラブで水泳をしていましたが、中1のときにそこがなくなってしまって、ちょっと遠くの別のスイミングスクールに通うようになりました。そこで障がい者水泳に出会ったんです。
 私はその頃、自分の障がいを完全には受け入れられていませんでした。先にお話ししたように、この学校に入学してからだんだんといろいろなことができるようになりましたが、入学当初は、体育は、水泳以外は何もできなかったですし、家庭科だって裁縫にしろ、染め物にしろ、先生や周りの手を借りないとできなくて。そういうのがすごく嫌で、もがいていたのだと思います。そんな中、中3のときにアジアユース大会が東京で開催され、日本代表に選ばれたのですが、その大会の合宿に参加したときに四肢のない先輩や全盲の先輩と一緒になって、気持ちが変わりました。だって両腕のない先輩は、食事とかも全部足で、自分のことはほとんど自分でするんですよ!私は手も足もあって、目も見える。普通の生活ができるのに、そんなことにくよくよしていてはいけないと思いました。それに強い選手って、人間的にも尊敬できるのです。そういう先輩たちに刺激を受けて、私もパラリンピックを本気で目指したいと思うようになりました。
 今は玉聖の先生からも、物怖じをしなくなったと言われます。ここを卒業してから、海外遠征にもたくさん行って、アジア大会で銀メダルを、2015年にロシアで行われた大会では、リレーも含めて銀メダルと銅メダルを取りました。いろいろな人が応援してくれることがプレッシャーになっていた時期もありましたけど、今は応援してくれる人がいるから私も頑張らなくてはと思うようになりました。こういう前向きな気持ちというのも、玉聖の6年間でなんでもやらせてもらえたという経験が生きているのだと思います。

 

Q.玉聖での6年間で何を一番学んだと思いますか?
 友人関係、人間関係の大切さだと思います。私は今でこそ、こんなに喋りますけど(笑)、入学した頃は友達もうまく作れず、口数も本当に少なくて、学校にいても早く家に帰りたいといつも思っていました。その頃は水泳もなんとなく惰性でやっている感じで、何を楽しみに生きていたのかわからないくらいでした。嫌なことがあると保健室に逃げ込んだりして(笑)。それでも玉聖の先生方は優しく見守ってくださいました。そして、障がい者水泳と学校生活がうまく組み合わさったことで私も少しずつ変わり始め、さらにハンドベル部を6年間続けたことで、かけがいのない友人を得ることができました。先生方や友人たちがいろいろなことを通して、私に自信をつけてくれたと思います。
 玉聖の教えは、卒業後の生き方、考え方にも大きく影響を与えてくださっていると思います。例えば人間学という授業では、自分がどのように生きていけば良いのかを導いてくださいました。キリスト教の学校だというのがとても大きいと思いますし、大学に進んで今は4年生になりましたけど、玉聖で学んだこれらのことの意味や大切さを実感しています。

Q. 卒業後はどのような道を進んでいるのですか?
 一般入試で昭和女子大学の福祉社会学科に進みました。今4年生なのでそろそろ卒論をまとめなければいけませんが「水泳を通して障がい者アスリートが障がいを克服する過程」について書こうと思っています。これは自分のことだけではなくて、水泳を通して出会った国内外の多くの障がい者アスリートを例に、日本と海外の比較なども交えて書きたいと考えています。
 卒業後は、東京ガスへの就職が決まっています。水泳選手として頑張るのはもちろんですが、一人の社会人としてもしっかりと仕事をして社会に貢献したいと思っています。
また、将来、水泳選手を引退した後は、障がい者が社会で活躍できるようなサポートをしたいと考えています。私は、大学でも福祉学を学んでいますが、そういう人たちがどうすれば社会参画し、且つ活躍できるのかを考えながら、ソフトもハードも、そしてすべての人の心もバリアフリーの社会、環境づくりに貢献したいと考えています。これは、東京ガスの採用担当の方にもお話しさせていただいたのですが「障がい者雇用に関しても仕事として取り組んでほしい」と言っていただき、本当にうれしかったです。全身全霊を込めて頑張りたいと思っています。

Q. メッセージをお願いします。
 玉聖は、勉強もそれ以外も、苦手なことを無理強いせず、良いところを伸ばしながら、苦手な分野もいつの間にか克服できるように導いてくれます。先生方は、人として師として尊敬できる方ばかりで、思春期の私たちに、他者もそして自らも、すべての人がかけがえのない存在だと教えてくださいました。私は玉聖でよかった!心から思います。
ぜひ皆さんにも、玉聖で愛と人間味のあふれる6年間を過ごしてほしいと思います。

Q.これからの目標を教えてください!
いま、一番大きな目標は2020年の東京パラリンピック大会出場です。
そのために、まず2017年からの国際大会には、全部に出場するつもりで取り組んでいきたいと思います。
 最後に、ちょっと余談ですが、障がい者スポーツの中でも陸上などは義手や義足を、バスケなどは車いすなどを使いますが、水泳はそれらの競技とは違って、自分の体だけで泳ぎます。いろいろな角度、視点から障がい者スポーツやパラリンピックを応援してほしいです。

SPOT INFO スポット情報

玉川聖学院中等部・高等部

女子校
所在地 東京都世田谷区奥沢7-11-22
TEL
アクセス
  • 自由が丘駅より徒歩約7分
  • 九品仏駅より徒歩約3分

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