HOME レポート インタビュー 【インタビュー2016】憧れの女学館生活が育んだ未来の自分
インタビュー 女子校

【インタビュー2016】憧れの女学館生活が育んだ未来の自分

勝井 恵子さん

2003年3月東京女学館中学校・高等学校卒業。2007年3月お茶の水女子大学文教育学部人文科学科哲学専攻卒業、2009年3月東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。2015年3月同大学大学院博士課程を単位取得満期退学し、2015年4月より東京大学大学院医学系研究科医療倫理学分野特任研究員。専門は医療倫理学、教育学、科学史。

憧れの女学館生活が育んだ未来の自分

 東京女学館中学校・高等学校(以下東京女学館)に入学した当初は、勉強ができるほうではなかったという勝井さん。東京女学館での6年間で勉強の面白さに目覚め、いろいろな経験をしていく中で、教育者になりたいという将来の夢を見つけました。その夢をかなえ、現在は大学の研究者・教育者として活躍しています。
Q. こちらの学校を受験したきっかけを教えてください。
 一番は、制服へのあこがれでしょうか。東京女学館の制服は昭和5年から変わっていないのですが、白のセーラーと青リボンはとても有名で人気があり、多くの友人もこの制服を着たくて東京女学館受験を考えたと言っています。
また、小5のときに学校見学に来たのですが、校舎の建て替えが最終段階のところで、真新しい校舎のなかで先輩方が真剣なまなざしで理科の実験をしているところを窓越しに見たんです。すごくかっこよくて、私もあんな風に理科の実験をしたり授業を受けたりして、素敵なお姉さんになりたいと思ったのが受験のきっかけです。


Q.入学前後で印象深い出来事はありますか?
 入学前のことなのですが、実は私、東京女学館の入試に落ちてしまったんです。当時、東京女学館の入試は2月1日の1回のみで、東京女学館が第一志望だったものですから、この世の終わりみたいに泣きじゃくって。でも合格発表の翌日に、補欠合格の連絡が来たんです。まさに、棚からぼた餅での合格。憧れの制服を着て入学式を迎えたものの、入学後は学年で一番下の成績からのスタートなんだという意識が出てきて、勉強についていけるのか不安にもなりました。

Q. 入学後の勉強は、実際にはいかがでしたか?
 中1から中2の頃は勉強面で苦戦続き、授業にもなかなかついていけずに、成績もずっと半分より下でした。まさに暗黒時代でしたが、中3のときに受けた公民の授業が突破口になりました。
公民の授業は、現在、館長(校長)をしている福原先生が受け持ってくださっていたのですが、そのなかに「ニュースノート」という課題があったんです。自分が興味を持った新聞記事を切り抜いて、要約とコメントを書くというものでしたが、最初は要約を作るのもスムーズにいかず、コメントをつけるにも一苦労。けれども、根気強く毎日やっているうちにコツをつかんで。1年間続いたこの課題で、世の中と中3である自分とのつながりを見いだせたり、ひとつのことも新聞によって論調が異なっていることを知ったりと、勉強の面白さや奥深さを知ったように思います。そして、1年間の公民の授業を通じて、将来、福原先生みたいな社会科の先生になりたいという夢も持つようになりました。

Q. ほかに印象に残っている授業はありますか?
 授業ではありませんが、高1のときの社会科で課題研究というのがあり、1年かけて6,000字程度の論文を執筆したのが思い出に残っています。私は課題のテーマとして「脳死・臓器移植」を選び、社会科の先生が1年間サポートしてくださって論文を完成させました。この課題を通じて、学校の勉強はあまり得意ではないけれど、自分が興味を持ったことについて調べて、いろいろな意見を突き合わせてまとめたうえで、自分の見解を文章にすることだけは好きで、ちょっと得意かもしれないと気がつきました。この論文執筆から15年経った今、大学の医療倫理学教室で研究や教育に携わっているのですが、よく考えたらこの課題研究が私の原点かもしれません。

Q. 留学をされたとうかがいました。
 高1の秋から1年間、校内選抜を経てイギリスのQueen Anne’s School(QAS)に留学しました。先にもお話ししたように、校内での成績は真ん中くらいでしたが、とりわけ英会話は、中1から英語を始めたわりには比較的得意と自負していたし、1年間イギリスの女子校で生活するのは面白そうだと何となく応募したところ、合格をいただきました。でも、他にも優秀な子が応募していたし、なぜ私なのだと不思議に思い、合格の理由を当時の副校長先生に尋ねたら、「(勝井なら)どんな状況でも笑って生き残れそうだから」と(笑)家族も友人も大笑いでしたが、実際、渡英して3週間でアメリカ同時多発テロ(9.11)があり、次はイギリスが標的といわれていたので、案外妥当な選好理由だったのかもしれません。
 高2の1学期後に渡英し、QASのLower 6thに編入しました。Lower 6thは、大学予科1年のような学年でして、私は数学・統計学、経済学、生物学、美術史の4科目を専攻しました。けれども、毎晩深夜3時くらいまで予習しても、授業であっけなく打ちのめされ、課題レポートを山ほどもらって寄宿舎へと戻る日々。本当に大変でした。それでも、1人でロンドンのTate Modernに行って美術史のレポートに打ち込んだり、寄宿舎の友人たちと一緒に夜遅くまで統計学の宿題に悪戦苦闘したりと、なるべく楽しみながら取り組んでいました。また、女学館では手芸部だったのですが、一転してQASではスポーツをやろうと馬術部に所属しました。伝統ある乗馬クラブでの練習でしたので、かなりのスパルタでしたが、そのかいあって、1年で競技に出られるまでになりました。イギリスでの1年で、普通体験できないような数々の貴重な経験を積むことができましたし、さまざまな面での成長ができたように思います。

Q. 思い出に残っている学校行事はありますか?
 一つは、中3のときに行った広島研修旅行です。修学旅行ではなく“研修”旅行なので、行く前に約1年をかけて平和学習があったんです。みんなで広島や戦争・原爆のことについて調べたり学んだりして、その集大成として現地を視察し、それからまたみんなで考えるというスタイルです。修学旅行に比べてレジャー度が低く、もっと楽しいほうがいいという友人もいましたが、私にとってはとても面白かったし、広島や戦争・原爆について知る貴重な機会だったと今でも思います。戦争、平和、そして人間について、とても興味深く考えることができた貴重な1年でした。
 もう一つ、これは多くの卒業生があげると思いますが、高3の体育大会です。高3が「カドリール」というダンスを披露します。カドリールは17世紀のフランスの宮廷ダンスで、鹿鳴館時代に日本に入ってきたそうですが、卒業を控えた高3が体育大会で、制服を着て全員で踊るのが東京女学館の伝統なんです。私は、留学していたので少し遅れての練習参加でしたが、少しでもきれいなダンスをみてほしいと、直前までみんなで一生懸命練習に取り組んだのは、とても思い出に残っています。高3の体育大会は、「優勝しないと受験に失敗する」というジンクスもあり、ダンスだけでなく、競技についても学年が一丸となって練習していました。

Q. こちらの学校で学んだこと、得たことはどんなことですか?
 一つは、一生大切にしていきたい友人にたくさん出会えたこと。そしてもう一つは、1人の女性としての基盤を、女学館の先生方が丁寧に構築してくださったことです。
東京女学館は1学年の人数が240人ほどですが、先生方の目がきちんと一人一人に行き届いていると感じます。特に「約束を守ること」については常に厳しく言われていました。友人や家族との約束はもちろん、校則や提出物の期限を守ることから5分前集合の大切さまで、そういうことを毎日徹底して指導されるんです。実際、女学館の校則は非常に厳しいことで有名ですし。私はとにかく怒られまいと、内心こんなに細かいところまでなんでだろう、面倒だなと思いつつも、何となく先生方や校則に従っていました。でも、当時はわからなかった先生方の指導の意図が、大人になった今、とてもよくわかるし、非常にありがたかったと思います。
 それから、教養を高めるための授業や学校行事も多くありました。一流ホテルのレストランでのテーブルマナー教室や日本の伝統芸能(歌舞伎や能など)の鑑賞会もありました。私のときは、小沢征爾さん指揮のオーケストラ鑑賞会もありました。何ともぜいたくな6年間だったと思います。
あと、何度も述べていますが、やはり私の人生の基礎、今の職業に結びつく原点を作ってくださったのが、女学館での教育だったように思います。

Q. 卒業後は、どのような道に進まれたのですか?
 高校時代、偶然3年間担任の先生をしてくださった笹沢先生には、普段の授業での指導のみならず、イギリス留学時ずっと励ましのお手紙をいただくなど温かいサポートをいただきました。福原先生や笹沢先生のような教員になるには、笹沢先生の母校であるお茶の水女子大学、福原先生が大学時代に専攻されていた哲学を勉強すればいいのではと、お茶の水女子大学文教育学部人文科学科で哲学を専攻しました。かなり単純な思考ですよね(笑)
 女学館を卒業し、大学に入学した後、教員は教員でも女学館に戻りたいと思うようになり、中学社会・高校公民・高校地理歴史に加え、小学校の教員免許も取りました。でも、そのせいで4年間のほとんどを教職課程で過ごしてしまい、専攻だった哲学の勉強がほとんどできなかったんです。それで、専修教員免許状も取得できるし、とりあえず大学院に2年行こうと。こうして東京大学大学院教育学研究科に入学したのですが、研究の面白さや奥深さに魅せられ、気がつけば約10年本郷キャンパスで過ごし、今に至るという(笑)
 現在は、東京大学大学院医学研究科医療倫理学分野の特任研究員として、研究・教育に従事しています。福原先生や笹沢先生のような教員になって女学館の教壇に戻るという夢はかないませんでしたが、大学教員として講義を受け持たせていただいているので、おおむねかなったような。けれども、福原先生や笹沢先生のような素晴らしい教育者になるには、まだまだ修行が足りないと思い、日々精進です。

Q. メッセージをお願いします。
 31年間生きてきて、その約5分の1を東京女学館で過ごしたことになりますが、女学館での6年間が今の自分自身にとって最も大切な期間であったと振り返ります。これは、周囲の女学館時代の友人も、みな同じことを言います。女学館の先生方は、たしかに厳しいですが、生徒ひとりひとりの個性を見極め、良いところを見つけては、叱咤激励しながら伸ばしてくださろうとします。実際、補欠合格という1番下からのスタートをした私が、6年間で勉強の面白さや奥深さを知り、今こうして自分がやりたいことを仕事にできているわけで、きっと女学館に入らなければこういう人生を歩むことはできなかったと思っています。毎年11月に行われる記念祭に多くのOGが訪問することからもわかるように、多くの卒業生にとって女学館は“自分自身の基礎をなす”心のふるさと”なのではないでしょうか。

SPOT INFO スポット情報

東京女学館中学校・高等学校

女子校
所在地 東京都渋谷区広尾3-7-16
TEL
アクセス
  • 渋谷駅よりバス約10分 
  • 広尾駅より徒歩約12分

SHARE PAGE 友達にシェアする

HOME レポート インタビュー 【インタビュー2016】憧れの女学館生活が育んだ未来の自分
TOP