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連載記事 午後の散歩道
山田りかのハートフルエッセイ

プロフィール:某酒類メーカーに勤務するかたわら、ママ達の日々の暮らしを見つめる勤労作家。年齢不詳。いくつになっても、竜也の前では乙女です。

No.07

忘れ物の女王

『午後の散歩道』に、ようこそ!
窓から入る秋風に誘われて、そうだ、近所の公園まで歩いてみよう♪
なんて、フラリとおでかけしたくなる季節。わざわざ観光地まで行かなくても、この町の空だって雲だって ホラ!捨てたもんじゃない秋景色だ。

そして鼻歌を唄いながら帰り道に寄ったスーパーのレジで、
< ハッ! 財布忘れた!! >と心拍数が急上昇することはないだろうか。
包み隠さず言えば、私はそんなこと、しょっちゅうある。

ここで財布がナイことに気づく!

2014年上半期のCM女王は有村架純と桐谷美玲。 レシピの女王は料理上手なデキる主婦、みみずの女王は村岡花子で、雪の女王はアナの姉エルサ。
世の中に女王と呼ばれる、選ばれし女は各方面に君臨しているが、私に与えられた称号は、そう『忘れ物の女王』だ。

ただ忘れ物が多いってだけで、『女王』なんて おこがましい。
そう思われる方もいるだろう。 しかし私の場合、自己申告ではなく身近な人々から「もう、アンタって本当に、『忘れ物の女王』なんだから!」
と言われているのだから仕方がない。
会社でも、ハンカチやマグカップなど 社内で置き忘れた物があると、総務担当者は「コレ、りかさんのじゃない?」と、まず私に声をかける。
そして たいがいの場合、それは私の物なのである。

『 女王 』と呼んで下さい☆

イヤイヤ、忘れ物ならアタシだって負けてないよ。
今までの忘れ物をあれこれと記憶の押入れから引っ張り出し、ふと『夫への愛』……。アレはいったいどこに忘れてきたんだか。
なぁんてシニカルな思いにふけるようなことは、しないでいただきたい。

この世の中に君臨する女王のなかで、忘れ物の女王の地位は極めて低い。
順位でいえば、遅刻の女王と常に最下位を争っている状態だ。
ジャンルを超えた「女王の女子会」があったとしたら、忘れ物の女王はキッチンの片隅でレシピの女王に邪魔者扱いされるのがオチ。
テニスの女王シャラポワに、「アナタ、ワインの差し入れは?」と聞かれ「忘れてきちゃった、エヘヘ」なんて作り笑いをした途端、「チッ」と舌打ちされてしまうような、情けない女王なのである。

雪の女王からは、いつも睨まれている……。

私が今まで忘れてきた物。
記憶に残っているだけで、傘7〜8本、メガネ4つ、文庫本3〜4冊、日傘2本、ハンカチ5〜6枚、化粧品一式、帽子4つ、マフラー3〜4本、手袋3〜4双、ジャケット2枚、定期入れ2つ、免許証1つ、保険証2つ、鍵2つ、バッグ2個、手提げ袋3〜4個、手帳1冊、ケータイ1台……。
これらのなかには、心ある善良な市民によって拾われ、私の手元に戻ってきた物もあれば、二度と手に届かない、世界の果てに消えた物もある。

フロリダ半島の先端とプエルトリコ、そしてバミューダ諸島の3点を結んだバミューダ・トライアングルと呼ばれる海域には、航路から消えた船や飛行機、乗組員などが人知れず漂っているという。
私がこれまでの人生で忘れてきた物たちも、そこに行けば波間にプカプカと浮かんでいるのではないか……。 そんな妄想をすることがある。

ここに私の忘れ物が漂っているかも……。

高校時代からOL時代までの10数年、私は何度も定期入れを落としたり忘れたりしてきた。
しかしそれはどんな時も、必ず誰かに拾われ、私の元へと戻ってきたのだった。 浅はかな私は、これを『定期の法則』と呼び( 自分は何かを持っている人間だ )と思い込んでいた時期がある。

その後、免許証と買ったばかりのバス共通カードが入った定期入れを落とし、それは待てど暮らせど、どこからも出てはこなかった。
私はなけなしの有休を使って二俣川まで免許証の再交付をしに行った。今までの しっぺ返しのように、経済的にも精神的にも非常に痛い打撃を受け、( 世の中そんなに甘くない )という教訓を実体験から得たのである。

忘れ物で途方に暮れた思い出といえば、友人の結婚式の二次会でのこと。まだケータイ電話など存在していない頃の話だ。

涙あり、笑いありの心温かな披露宴の後、私達 新婦の友人一同は、新郎側の幹事の案内で、タクシーを相乗りし、二次会の会場へ向かった。
そこはドイツ風のビアホールで、ピアノとアコーディオンの伴奏がつき、お客が陽気に歌いながら、酒を酌み交わす趣向の店だった。
「こんなお店、初めて。 楽しい〜!」
新郎新婦の未来を祝して 私達は乾杯し、テーブルに置かれた歌詞カードを見ながら、聞き覚えのあるドイツ民謡を歌った。
そして私はその店に、ハンドバッグを忘れてきたのである。
若い二人の門出に、忘れ物をしてしまった。

気がついたのは、駅で皆と賑やかにバイバイをした後。
さて切符を買って 横浜まで遠い一人旅……と思ったその時だ。
手にしていたのは、引き出物の大きな紙袋と秋物のコートだけ。
行きも帰りもタクシーを使ったため、店まで戻ろうにも場所がわからない。ドイツ語の長い店名もまったく思い出せない。
私は披露宴用の華やかなワンピースを着たまま、ドイツ風のビアホールを探して しばらく駅前をウロウロと徘徊した。駅前というのはどこの駅かというと、上野駅である。

結局、その夜は交番のおまわりさんに泣きついて電車賃を借り、なんとか自宅に帰りつくことができたのだった。
翌朝、私は 初夜を過ごした新郎新婦から幹事の男性の連絡先を聞き、店に忘れたハンドバッグを上野駅近くの喫茶店まで取りに行った。
「あれからオレらも持ち主を探して大変だったよ」という幹事さんにペコペコと頭を下げ、駅前の交番へ寄って借りたお金を返してきた。

「そんなに大変な思いをしたのなら、次からもっと気をつけるようになるんじゃない?」
苦難の一夜の話を大笑いしながら聞いた友達は、皆 口を揃えてそう言ったものだが、私はその後も忘れ物をし続けて、女王の座へと登りつめたのだ。

時代は変わり、奇跡の生還を果たしたのは、ケータイである。
あれは3年前の冬のこと。 その頃、私はまだ「カパカパ」と呼ばれるガラケー愛用者であった。

月曜日の朝、いつものように遅刻ギリギリの時間に家を飛び出し、家の前のゴミ集積所に分別ゴミを出し、駅へ続く道をダッシュして9時3分前に無事 出社した。
バッグの中にケータイがないことに気づいたのは夕方になってから。
あちゃ〜、家に忘れてきたか。と、多少の自己嫌悪を抱いたものの、ま、特に待ち合わせの予定もないし、ケータイなんてなくたって生きていけるサ、と平常心を保っていた。

ケータイがないと、読書がすすむ♪

その日から2泊は実家に滞在することになっており、私は足掛け3日、ケータイのない穏やかな日々を過ごしたのだった。

私が本気で焦ったのは、水曜日の夜。 自宅に戻り、忘れたはずのケータイが、家中のどこを探してもナイと気づいた時である。
ない、ない! もしかして、あの朝、道に落としてしまったのか?
私は鍵もかけずに家を出て、人気 (ひとけ) の絶えた夜道の隅々に目をこらしながら、バス通りまでの道を往復した。

(あ〜、やっちまったぁ……)
おのれのダメさに打ちのめされながら、トボトボと家に帰ろうとした時、何かが自分を見ているような気配を感じ、顔を上げてみると。
なんと、電信柱にくくりつけられた「ごみの日」のプレートに、私の愛しいガラケーが、プランとぶら下がっているではないか!

(嘘……ホントに!?)
私は震える指で プレートの針金から 結ばれていたストラップをほどき、二つ折りのフタをカパッと開いて電源を入れた。
ケータイは何の不具合もなく作動し、闇夜を照らすマッチ売りのマッチのように、私を顔をポッと照らしてくれたのだった。
(神様、ありがとうございます)
私は清らかに澄み渡った冬の夜空を仰ぎ、心から神に感謝した。

これがその電信柱! あの時は、輝いて見えた。

ケータイはたぶん、分別ゴミを出す時に私のバッグからこぼれ落ち、発見したゴミ収集の清掃員さんが、「しょうがねェなぁ」と電信柱の針金にひっかけてくれたと思われる。それから3日間、ケータイは朝から晩まで電信柱にぶら下がったまま、持ち主の私を待っていたのである。
ケータイを握りしめて帰宅した私は、大判のポストイットに マジックで「ありがとうございました。ケータイの持ち主より」とメッセージを書き、電信柱の「ごみの日」のプレートに貼りつけた。
ケータイを発見してくれた善意の人に、メッセージが届いたかどうかはわからないが、貼りつけたポストイットがいつの間にか なくなっていたから、きっとその人が読んでくれたのだと信じている。

さて、私の忘れ物エピソード、高見から楽しんでいただけただろうか?
最後にもう一つ、最近やらかした忘れ物の話をしよう。

このエッセイでも連載したフィンランド旅行のこと。
出発前に、ビタママ編集部のY子から「忘れ物に気をつけて」というメールがきた。 
彼女は昨年末、娘達とニューヨークに旅行したのだが、
「空港の手荷物検査の場所に、スマホ忘れてきちゃってさ〜(T_T)」
楽しい旅の思い出のみならず、愛犬が子犬だった時の写真など、大事な記録がたっぷり入ったスマホを、空港の手荷物検査で預けたザルの上に、置いてきてしまったという。

ビタママ編集部・Y子の愛犬。 超ラブリー♪

それを聞いて「あーあ、ドジだねぇ!」と笑える立場に私はいない。
「キャー、他人事じゃない(>_<) 私も気をつけなくっちゃ!」 Y子の忘れ物を生きた教訓として、私は身を引き締め、旅に臨んだ。 行先はフィンランド1か国だが、4つのホテルに泊まり、3つの空港を移動するスケジュール。移動の数が多ければ、忘れ物のリスクも高くなる。 私は行く先々でY子の悲痛な告白を思い出しつつ、その場を立ち去る時には必ず振り返る、という地道な行為を欠かさずに、移動地を次々とクリアしていった。 「オーロラは見られなかったけど、すごーく楽しかったねェ」 「これもすべてCちゃんのおかげだよ。本当にありがとう!」 前々回のエッセイに書いた通り、旅の最後、私とCちゃんはヘルシンキの空港で笑顔のお別れをした後、別々の飛行機から、夜空を舞うオーロラをバッチリ2時間、見ることができた。……しかし! 実は私の身には、Cちゃんとお別れした後、大変なことが起こっていたのである。 Cちゃんとは別の飛行機の搭乗口で、搭乗案内を待っていた私は、アナウンスが入るまで、残ったユーロの小銭で 予備のお土産でも買っておくか!と、売店でチョコレートなどの買い物をしていた。 日本のアニメオタクっぽい現地の店員に「アリガトゴザイマース」と愛想笑いをされたその時、自分の身軽さにハタと気がついた。 空港にいる間中、脱いだダウンジャケットを「邪魔だなぁ」と思いながら歩き回っていたはずなのに、それがいつの間にか、どこにもない。 空港内のムーミンショップ。 私の忘れ物を、彼らは知っている…。

(ひぃぃ〜っ!)
私は心の中で悲鳴を上げ、そばに立っていた すごく背の高い空港職員のお姉さんを捕まえて、
「I lost my wear」と、幼児並みの英語で訴えた。
「Oh no!」
トンボメガネをかけたアバンギャルドなお姉さんは涙目で見上げる日本人観光客の私を見下ろし、私にもわかるシンプルな英語で、「どこで失くしたの?」と聞いた。
私が再び幼児英語で「たぶん空港のセキュリティのところ」と説明すると、彼女はニッコリ笑って、
「Ok, follow me」私を連れて歩きだした。

2メートル近い身長のお姉さんの後を小走りで追いかけながら、私は泣きそうな気分で、オリビア・ニュートンジョンの懐かしい曲、『 Follow Me 』を口ずさんでいた。人間、どんな窮地に立たされていても、口をついて出てくるのは 案外 暢気な歌だったりするのである。

お姉さんは長い足、大きな歩幅で空港の通路を横切り、出入国審査の裏口を抜け、先ほど通った荷物検査の場所まで、私を連れてきた。
そこの男性職員に「あのバカが、ダウンコートを忘れたみたいなの」とフィンランド語で話しかけると、
「どのバカ? ふーん。じゃ、アレかもな」
職員はチビな東洋人の私を見て、列から外して置いてあるトレイ指差した。

「あぁ〜、あれですアレです! That’s mine!!」
「Oh it’s good. You are lucky!」

もちろん、「あのバカ、どのバカ」の下りは単なる私の妄想で、彼らが私を侮辱するような言動は一切なかったことを付け加ておく。

危機一髪のところで取り戻した私のダウンコート。そのポケットの中には旅の写真をたんまり記録したスマホも入っていた。
もしも気づかずに飛行機に乗っていたら と思うと、今でもゾワーッと背筋が寒くなる。 一生の夢だったオーロラを見る心の余裕は、なくなっていたに違いない。

ヘルシンキの空港職員のお姉さん。 長身の天使だ〜☆

あのヘルシンキ国際空港の恐怖体験から8か月。あれ以来、まだ私は大きな忘れ物をしていない。(傘は1本、電車に忘れたが……)

皆さんも、その場を立ち去る前には 必ず振り返って 持ち物の確認を心がけていただきたい。 え?アンタにだけは言われたくない? 確かに。
私もあっちこっちで振り返りながら、忘れ物知らずの人生を目指している。若さと勢いのある 女王の後継者が現れることを、日々願いながら。

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